2009年5月5日火曜日

展示品:76 藩札 


 諸藩が財政救済のため発行した紙幣。領国内の流通と幕府貨幣との兌換を原則とし、金札・銀札・銭札のほか米札などもあった。1661(寛文元)年の福井藩の発行を最初に、明治までに125藩が約1700種類の藩札を発行している。1879(明治12)年に全ての藩札を新貨に交換する作業が終了した。
紙幣
「名古屋商方会所銀札」
表 一 米味噌酒
塩油薪    代銀壹匁分 印
   右御預り置申候
     午三月
 裏             名古屋
                   米穀屋 印
   此配符御当地限他御支配地江  焚味噌屋 印
   御進物之義ハ御断申候 引換   酒造屋 印
   之義者商方会所二而取扱申候   塩 屋 印
                   油 屋 印
                   薪 屋 印              
「銀札」は現代の商品券と同じようなもので、これ一枚で米・味噌・酒・塩・油・薪のいずれかを、銀一匁分(銭六十から七十文、今の二千円ほど)購入することができた。ただし名古屋以外では通用しないので、他の地方の進物には使えない旨などが裏書されている。
同じ銀札が名古屋市博物館常設展に展示されている。

紙幣に関する最古の文献は1334(建武元)年に発行された記録が『建武記』に「紙幣をつくり内裏造営に資す」とある。続いて伊勢の度会府で足利末期に羽書と呼ばれる私札を発行したとされるが、実物は見つかっていない。羽書は端書のことで紙幣が小額なことから付いたとされる
徳川幕府は硬貨で通したが、各藩は財政難から幕府の許可を得て藩札を発行した。最初に藩札を発行したのは越前福井藩だが、明治までに125の藩が発行している。また幕府の許可を得ずに、特産物の商品券の形で「紙札・塩札・酒札」などを発行した。

 2009年5月8日~8月9日 東海道の宿場「鳴海」の古今~記者の目で見つけた地元の歴史~(荒木集成館)展示品 淡河俊之コレクション

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